2016年7月26日 滋賀県 草津市 森歯科医院 院長 森光伸
2016年7月13日にMonic Clubにて講演した「血栓の基礎知識と抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドラインの報告 – 2015年版&2010年版の概要 – 」の概要を4部にわけて報告いたします。
2. 抜歯時ワルファリンを中断した際に合併症が起こるか?その対応はどうするか? (推奨グレードA);ワルファリンを抜歯時中断した場合に約 1%に重篤な血栓・塞栓症が発症。そのほとんどが死亡。(エビデンスレベルI)。血栓・塞栓症が発症した場合は血管内科、神経内科、循環器科、脳神経外科などによる緊急的な血栓溶解療法と共に血栓・塞栓症発症臓器の障害に対する治療が行われる(エビデンスレベルI)
3. ワルファリン継続下に抜歯可能なINRは? (推奨グレード B);欧米の論文; INR 値 4.0(または 3.5)までなら普通抜歯は可能( エビデンスレベル I )。日本人を対象とした研究の結果; INR 値3.0以下であれば継続投与下に普通抜歯可能(エビデンスレベルIV a)。ただし, 埋伏歯や粘膜骨膜弁を形成し骨削除を行うような難抜歯に関してはエビデンスの高い論文が少ないので慎重に対応する。
4. ワルファリン継続下に抜歯を行う場合のINR の測定タイミング?( 推奨グレード B);
24 時間以内、少なくとも72 時間前の INR 値を参考に抜歯を行う( エビデンス レベル I )
5. ワルファリン継続下で行う抜歯の侵襲度?難抜歯、多数歯抜歯、埋伏智歯抜歯は可能か? (推奨グレード C1);原疾患の抗凝固療法が治療域にあれば通常抜歯(1 ~3歯の普通抜歯および少数の難抜歯)を行っても術後出血が発生することは少ない(エビデンスレベルIV a).。埋伏智歯の抜歯についても術中、術後出血の発生かは必ずしも高くはない。十分な局所止血処置を行うことが必要である (エビデンスレベルIV
a)。
6. ワルファリン服用患者の抜歯時に抗菌薬を使用しても術後出血は増加しないか? ( 推奨グレード C1);抜歯にあたり感染性心内膜炎予防のために抗菌薬を1 回のみ投与してもINR
値は変動せず術後出血は増加しない。ワルファ
リン投与量を変更する必要はない(エビデンスレベルI)。一定期間抗菌薬を投与する場合は INR 値は上昇し、術後出血の危険性が増加するので注意が必要 (エビデンスレベルIV b)。
7. ワルファリン服用患者の抜歯後に鎮痛薬として非ステロイド性抗炎症薬やCOX-2阻害薬を使用しても術後出血は増加しないか? (推奨グレード C1);鎮痛薬 NSAIDs を使用;出血性合併症が増加(エビデンスレベルIV
b)。アセトアミノフェン(2 〜4g/ 日);INR 値は上昇(エビデンスレベルIV
b)。COX-2 阻害薬;NSAIDs と同程度に出血性合併症 増加(エビデンスレベルIV
b)。抜歯後にNSAID s や COX – 2 阻害剤は原則的に投与すべきではないが、投与に際しては慎重に行うことが必要。
8. 抗血小板療法の抜歯時のモニタリングに適する検査は? (推奨グレード C1);抗血小板療法患者の抜歯時のモニタリングに適切な検査はない(エビデンスレベルIV
b)。ワルファリン療法のモニタリングは INR が主流。
9. 抗血小板薬継続下で行う抜歯の侵襲度?難抜歯、多数歯抜歯、埋伏智歯抜歯は可能か? (推奨グレード
B);医科主治医より原疾患が十分コントロールされていることが確認されれば、抗血小板薬継続下で普通抜歯、難抜歯は可能である(エビデンスレベルII)。可能な抜歯本数についての明確な報告はないが少数の抜歯で重篤な術中出血、術後出血は報告されていない(エビデ ンスレベルII)。 埋伏歯智歯の抜歯に関しても、適切な局所止血を行えば重篤な術中、術後の出血をきたすことはないとされている(エビデンスレベルIV
a).しかしながら、埋伏智歯の抜歯は術後の腫脹,、皮下出血等の程度が高くなり注意が必要である(エビデンスレベルVI)。
10. 抗血小板薬を継続した場合外来で抜歯可能な症例の基準はあるのか? (推奨グレード
B);医科主治医により原疾患が十分コントロールされていれば外来で抗血小板薬継続下で1本の普通抜歯、難抜歯、多数歯抜歯は可能である (エビデンス レベルII)。埋伏智歯の抜歯も適切な局所止血を行えば外来で可能(エビデンスレベルIV
a )。しかしながら、埋伏智歯の抜歯や口腔内の複数のブロックに及ぶ多数歯抜歯の術後の出血リスク高く、また外科ストレスが大きく原疾患に関わる合併症を惹起することが懸念されるため、専門医療機関で行うことが望ましい(エビデンスレベルVI)。
11. 抗凝固薬継続下の抜歯の際に局所止血処置にて止血困難な出血時の対応はどうするか? (推奨グレード
C1);<ワルファリン> INR の測定。ワルファリン療法の減量や中止。ビタミ ンKの投与。新鮮凍結血漿、乾燥ヒト血液凝固因子第IX因子複合体製剤、遺伝子組み換え第VII因子製剤の投与
(エビデンスレベルV)。<ヘパリン>ヘパリン減量や中止。硫酸プロタミンによる中和(エビデンスレベルV)。
12. 出血性合併症への対応;クラスI;1.出血性合併症に対する一般の救急処置。2 .ワルファリン投与中の出血性合併症の重症度に応じたワルファリン減量または中止(重症度が中等度か重度)と必要に応じたビタミンK
投与。3 .ヘパリン投与中の出血性合併症の重症度に応じたヘパリン減量や中止、および硫酸プロタミンによる中和。 クラスII a; 1 .早急にワルファリンの効果を是正する必要がある場合の新鮮凍結血漿や乾燥ヒト血液凝固第IX因子複合体製剤の投与. 是正効果は乾燥ヒト血液凝固第IX因子複合体製剤の方がはるかに優れている。2 .乾燥人血液凝固第IX因子複合体製剤によって是正された
PT-INR の再上昇を避けるための乾燥ヒト血液凝固第IX因子複合体製剤とビタミンK 併用投与。 クラスII b;1 早急にワルファリンの効果を是正する必要がある場合の遺伝子組み換え第VII因子製剤の投与。
13. 大手術時の対応; 大手術の術前 3 ~ 5 日までのワルファリン中止と半減期の短いヘパリンによる術前の抗凝固療法への変更。ヘパリン(1.0~2.5万単位/日程度)を静注もしくは皮下注し、リスクの高い症例では活性化部分トロンボ時間(APTT)が正常対照値の1.5
~ 2.5 倍に延長するようにヘパリン投与量を調整する。術前 4 ~ 6 時間からヘパリンを中止するか、手術直前に硫酸プロタミンでヘパリンの効果を中和する。いずれの場合も手術直前にAPTT を確認して手術に臨む。術後は可及的速やかにヘパリンを再開する。病態が安定したらワルファリン療法を再開し、PT-INRが治療域に入ったらヘパリンを中止する。大手術の術前 7 ~ 14 日からのアスピリン、チクロピジンおよびクロピドグレルの中止、3日前からのシロスタゾール中止。その間の血栓症や塞栓症のリスクが高い症例では脱水の回避、輸液、ヘパリンの投与などを考慮する。緊急手術時の出血性合併症時に準じた対処。